咲かせてはいけない、けど

咲かせてはいけないのです。
こんな時期に・・・
なのに、小さな蕾があがってきて、
え? 蕾? と思いつつ、
真夏を超えて、やがて蕾が膨らんで・・・
咲いてしまった!

このシクラメンは、一昨年のクリスマスに、
姪がプレゼントしてくれた、とても愛らしいシクラメンです。
翌年のこの冬も、5月までず~っと咲き続けました。
やさしいピンクの、小ぶりな花をいっぱい咲かせてくれました。

1年お休みしたら、また来年も咲いてくれるかな~
3年目は無理かな~
と思いながら、水やりだけして、まあほったらかしといえばそうだけど、
庭の隅に置いておきました。

咲いてくれて嬉しいけれど、
ほんとうは、咲かせちゃいけないのだろうな~
花が終わったら、ガックリと力尽きてしまうのでは?

でも、可愛い花を抜き取ることはできなくて・・・
どうなるのだろう?

本当は、鉢から抜いて、球根だけにしてお休みさせると良いそうです。
植え替えをしてみようか・・・
いえ、植え替えた途端に枯れてしまいそうな気も・・・
暑さが終わったら、肥料だけはしっかり入れておこう。

せっかくなのに

たくさんのドキドキと感動、
久しぶりに気持ち高ぶる時間を過ごしたオリンピックだったけれど・・・

もう、ほんとうに・・・残念に尽きた。
日本人はこんなつまらない人種なんだと、世界中にアピールしてしまった。
開会式も閉会式も。

4年(正確には5年)の準備期間があったのに、これ?
どこかで誰かが書いてた。
スーパーの大売り出しイベントみたいだ、って。

オープニングの光の演出は美しく(映像による合成だそうだけど)
これからどんな閉会式になるのかと期待したけど、
そして、国歌斉唱の歌声は、とても美しかったけれど(宝塚歌劇の人たち)、
あとは、チマチマ、ショボショボ・・・
唯一、ワクワク感と統一性と美しさを感じたのは、
それは、残念ながら「パリからの中継」だった・・・

開会式ではそれなりに説得力のあった聖子さんの挨拶も、
同じ抑揚と同じレベルの挨拶では、もう魅力ない。
挨拶は、1分で良かった。

閉会式は、日本の歴史を見せる場ではなくて、
(アイヌや沖縄の人たちの民族の歌声を流すのは開会式では?)
(東京のストリートにあんな人たちが溢れ、あんな雰囲気があるわけない、嘘!)
戦った選手たちを讃え合い、ここに集まった世界の国々と手を取って、
未来の地球を、スポーツで輝きのあるものにしよう、
またオリンピックの場に集おう!
というコンセプトの上にあるものでは? 

ただの学芸会だった・・・

でもほんとうに、日本人ってこんな程度しか企画ができないの?
大きな広告代理店のせいだと叫ぶ書き込みが多いけど、
それだけではなく、根本的に、センスがない民族なの?

色々な困難を乗り越えて開催したオリンピックで、
開会式に次いで閉会式でも、
思わず晒してしまったセンスの貧弱さに、ひたすら残念な思いでした。

開催!

2020東京オリンピックも既に今日は3日目。
突っ込みどころ満載の開会式のことから、視線はすでにそれぞれの競技へ。

今年の春ごろまでは、私もオリンピック開催は無理でしょう?と思っていました。
でも、すべてが開催の方向に向かっている現実を感じてからは、
どんなオリンピックになるにしても、開催されたら応援しようと思っていました。

そして・・・
どの競技でも、
オリンピックの舞台に立つために、そして勝つために、
どれほどの努力を重ねて来たのか。
そして、1年延期(あるいは中止になるかもしれない)の中で、
どれほどの過酷な自分との戦いを続けてきたのか、
選手たちの姿からひしひしと感じられ、
無事に開催出来てほんとうに良かったのだと、あらためて思いました。

それにしても、ITテクノロジーやインターネットの進歩はすごいです。
インターネットに接続できるパソコンやスマートホンがあれば、
ほとんどの競技をLIVEで見ることができるようです。
テレビでは、日本選手が活躍する競技がメインですが、
インターネットのLIVEでは、普段見ることのできない競技を楽しめます。

初日から釘付けだったのは、自転車のロードレースでした。
PCで仕事をしながら、友だちとZoomでおしゃべりしながら、
横に置いたiPadでずっとレースを見ていました。
何しろ、男子は東京-静岡間 6時間を超える壮絶な244kmのレースです。

こちらは、PCでExcelを入力しながら・・・(^^ゞ

もちろん、これからも続々と、テレビでは見られない競技を見られます。
どれを見ようか迷ってしまうほど。
サイトはこちらです。
https://www.gorin.jp/

とりあえず、
オリンピックのことを中心に、急いで更新!

地元で行われるセーリング競技ももうすぐライブ配信開始です。
どんなふうにLIVE中継されるのか、それも興味がいっぱい。

太陽が出た

久しぶりに木々の緑が輝いて、太陽の光が眩しかったけれど・・・
暑かった~
慣れていない暑さは、身体に堪えます。

豪雨水害のニュースに胸を痛めながら、
駅方面へ買い物に。
久しぶりに通ったコンコースで、え!っとビックリ。
ずっと通行止めをしてリニューアル工事をしていた駅ビのリエールが、
やっと来週オープンするらしいのだけれど。

良く通ったお蕎麦屋さん「高田屋」はどこへいったの?
ビルに出店しているお店もリニューアル。
すっかり変わってしまっています。

お蕎麦屋さん系はありません。
鎌倉パスタ、とんかつ和幸、牛タン炭焼利休、北海道キッチンYOSHIMI
そして3階は、雑貨屋さん、本屋さん、スタバ・・・
駅の北口のスタバはいつも超満員。だからこちらにもスタバがあるのはありがたいけど。
なんでも、本屋さんの本を見ながらカフェできるとか?
そうなんだ・・・

でも、お蕎麦が食べたかった・・・

コロナのことを気にせずに、
カフェに寄ったり、ランチを食べたり、そんな時間が恋しいです。
友だちと、500円ランチでわいわいおしゃべりしながら過ごす時間、
何時になったら戻ってくるのだろう?

絶句です

7日前の7月3日、静岡県熱海市、逢初川で発生した土石流は、
日が経つにつれて、その原因と思われる土地開発に関わる実態が、
次々と明るみに出されてきました。
何年にも渡って、自然の山林を伐採して捨てられた建設残土と産業廃棄物。
運び込まれ廃棄された盛り土が、大量の雨によって崩落して土石流となる。
逢初川を濁流となって、
ほんのさっきまでいつもの時間を過ごしていた家々を飲み込み、
すべてを土砂で覆いながら、海まで押し流していきました。

もう少し離れているかと思ったけれど、
私が時折訪れるマンションは、現場から直線距離で700mほどでした。
もしその時に、マンションにいたら、
土石流の落ちる轟音が聞こえたかもしれません。

最初に、テレビであの動画を見たとき、背筋が凍りました。
誰だって、このような状況に巻き込まれても不思議ではない。
でも、その原因が人災なのだから、
被災された方たちの憤りは、どこへぶつければいいのだろう。
亡くなられた方たちに、どうして命を落とさなくてはならなかったのか、
誰が説明してあげられるだろう。

いつもルンルン気分で走る、大好きな自動車道路の熱海ビーチライン。
あっという間に通り抜けるこの快適な海沿いの道に、
こんな車両が並んでいるなんて・・・

ワクチン接種

4月12日の昨日から、高齢者のワクチン接種が始まりました。
TVその他のメディアでは、繰り返しそのニュースが流れます。
どこを見ても同じ映像なので、提供されたものだと思うけれど、
それにしても・・・

なぜ、注射する瞬間をドアップで放映しなくちゃいけないのかな?
リアルな映像がそんなに大切?
ずっと前から気になっていました。
諸外国の現場で、また最近は日本の医療者たちへの接種現場で、
針をブスっと刺す映像が当たり前のよう。

昨日は、高齢者の腕なので、なんだかものすごく身近になって、
リアル感が増しました。
そもそも私は、注射されるときに、打たれる様子を見ません。
そっぽむいて終わるのを待ってます。

それなのに、今は容赦のない映像が目に飛び込んできて・・・
不快になるのは私だけなのだろうか?
ヘン?

10年目の今日

近所にある公園。
子どもたち(孫ではなく)と遊びに行ったおんべ公園。
午前中に立ち寄ったので、子供の姿も無く静かでした。
穏やかな早春の日差し、膨らみかけた桜の蕾、澄み渡る青空。

今日、駅から自宅に戻る途中、
防災無線が響き渡りました。
あの日の被災者の方たちへの1分間の黙とうを・・・

穏やかな景色が一変してしまう大災害。
そして失われた多くの命。
人の力など、ほんとうにちっぽけすぎて哀しくなります。

10年の月日のあとに、
感染症拡大で人々はもっと、自分たちの力の無さを知りました。
我が物顔で地球を自分の意のままにしてきた罰です!と、
そんな天の声ではありませんように・・・

ますます春ですが

今日も快晴、散策には絶好の天気でした。
どんなに気持ちの良い空気の中でも、マスク無しでは歩けません。
街角で「あれ?あの人って、あの人かなあ?」と思いながら、
挨拶できずに通り過ぎることが時々あります。
あるいは、
私をじっと見つめながら通り過ぎていく人は、
きっとその人も、同じように思っていたのかもしれません。

先日珍しく電車に乗って出かけました。
駅のホームで、2歳か3歳くらいの女の子がお母さんに手を引かれて立っていました。
その女の子が振り返り、私を見て、ほんのちょっとニッコリしました。
嬉しくなって、私もニッコリ・・・しようとして、ハッと気が付きます。
マスクしている私の表情を、女の子に良く分かるようにしなくちゃと。
目しか出てないのだから、もう満面の笑顔(目の)を作って「ニッコリ!」しました。
女の子は、分かってくれたみたいで、
何度も振り返って私を見ては、ニッコリします。
そのうち、手を振ってくれたので、私もそっと手を振りました。
可愛かったな~

今、成長期の子供たちが見る大人たちはみんなマスクです。
大切な子供の心に、影響が出ないのかと気になります。
マスク無しで、人々が生活する日はいったい何時戻ってくるのだろうか。

真っ青な空の下、温かい陽光につられて遊行寺へ散歩。
お正月の箱根駅伝でその名も知られる遊行寺です。
人影はまったく無し・・・

梅と椿が咲いていました。
境内には早咲きの桜は無かったけれど、
3月後半にはソメイヨシノが咲き揃うことでしょう。

おまけ(^^ゞ
先日おじゃましたお家で、私を迎えてくれたアイドル!
小さな命に触れることが無くなってしまって、
忘れていた命のぬくもりがとても愛おしかった・・・

※犬種はビションフリーゼです。足がちょっとだけ短くて太めなのが好き(^^ゞ

束の間の青空

10時頃に家を出ると、空はいつの間にか青空でした。
このところずっと晴れていなかったので、久しぶりの青空です。
しかも、通り道沿いの空き地には、
のびのびと背を伸ばして黄色い花を付けたセイタカアワダチソウがいっぱい。
コロナで憂鬱な月日だったけれど、間違いなく秋です。

セイタカアワダチソウは今でも「アレルギーの元凶」と嫌う人が多いです。
ブタクサと混同している人も。
でも、セイタカアワダチソウは花粉を飛ばさず、
従って、アレルギーを誘発することはほとんどないそうです。
花穂の中に顔を突っ込んで思いっきり花粉を吸いこんだら・・・知りませんが。

ブタクサは杉のように花粉を飛ばし、アレルギーの元になります。
でも、秋に黄色い花をいっせいにつけるセイタカアワダチソウは、
日本に帰化してからず~っと、濡れ衣を背負ったままの可哀そうなお花です。

たいていは、線路の脇とか、川原の土手とか、雑草の茂る忘れられた場所に、
必死で繁殖して花を咲かせます。
そしてその成長のしくみから、やがて、繁殖力が弱って数を減らしていくそうです。
数年前まで、一面の黄色い原っぱだったのに、
あれ?なんだか最近は少なくなって、またススキや他の雑草の勢いが増した・・・
そんなことに気づくことも多いと思います。

そんなセイタカアワダチソウ、私は好きです。

用事を追えて帰り道、ちょうど前を通ったので、つい寄ってしまった(^^ゞ
今日はいつもと違うメニューを頼みました。
すり鉢の黒ゴマをゴリゴリと擦って、
鬼おろし大根とワサビを入れて、
そこにそばつゆをかけてお蕎麦をいただきます。
けっこうなボリュームです。お腹いっぱい! 美味しかった~

あとから、あとから・・・

「令和」という名前に代わってから、なんだか散々なことばかりです。
去年も大きな災害がありました。
今年は・・・・・言わずもがな、です。
「令和」のせいではないのだけど、つい思ってしまう。

恐ろしいほど大型の台風10号が近づいています。
今頃は大東島に接近中です。
最近、その大東島がなんとなく身近になりました。
息子のお嫁さんの親友が引っ越したのです。幼児もいます。
どうぞ、無事でありますように・・・

以前と違って、災害のレベルがはるかに高くなりました。
風速80メートルって、なにそれ!
裕次郎が「俺は負けない!」って歌ってたのは40メートルだったのに。

そして、この夏の気温は息も絶え絶えになるほどです。
というか、もう絶えてる・・・
9月になってからの暑さで、ここまでギリギリだった身体が完全に絶えました。

コロナウイルスの「本日の都内の新規感染者は・・・」というテレビの声が
すっかりかすんでしまうほど、
気象の異変が人々に襲いかかってきます。
私たちは、小さなことを積み重ねて、迎え撃つしかありません・・・

もう静かに穏やかに暮らしたいです・・・


※「言わずもがな」って入力したら、なんだか違和感。
ほんとうにこれでいいの? いえ、合っていましたが。とても不思議な言葉。
意味は「言うまでもなく、言うに及ばないこと」

  動詞「言う」の未然形+打消しの助動詞「ず」=「言わず」
  +願望を意味する終助詞「もがな」
  願望の意味の終助詞=「将来的に言わない状態」を願っている状態
なのだそうです。
日本語、美しく難しく、まことに趣がありますね。