月別アーカイブ: 2017年8月

掌(てのひら)掌(たなごころ)

手のひらの真ん中が、かすかに痒いのです。
ここしばらくそんな感じが続いています。
左手ですが、右手もちょっとだけ。

なんでかな? 赤くなったりはしていない。
でも、湿疹の一種だろうか?

ふと考えると、手のひらって「器」だなと思いました。
顔を洗う時は、手のひらにお湯をためる。
化粧水、乳液、洗顔液などなど、瓶から手のひらに移してつかいます。
今の時期、欠かせない日焼け止めクリームも!
シャンプーやリンスももちろん。

毎日、いろいろな液体を手のひらにのせているのだ。
思えば、痒くなっても仕方ないかも。
(そんなことは無いか・・・)

握手するときにも、手のひらは大切な道具。
握った手の暖かさを感じ取るのは、この手のひらから。
もし、手のひらの感覚が鈍かったら、
相手がどんなコミュニケーションを求めているか分からなそう。

・・・って書いたけれど、
久しく握手ってしていなかったかも。
日本人は、特別な場面でしか握手をしない種族だものね。
ビジネスシーンでする握手ではなく、
初めて会ったときの挨拶でする握手ばかりじゃなく、
もっと日常的に、気軽に握手をする習慣があったら良かったかも。

きっと、手のひらが、口より目より先に「よろしく!」と言いあうことだろう。

と、キーボードを打っていますが、掌がやっぱりちょっと痒いです・・・

ご近所情報

8月30日、駅のそばのさいか屋2階に
TULLY’S COFFEEがオープンしました。
ここは、以前、カフェ・コムサがあったところで、
前を通ると、ウィンドウに並んでいるおいしそうなフルーツケーキに、
おもわず引き付けられそうになっていました。
立ち寄ったことはほとんどないですが。

駅の反対側にもTULLY’S COFFEEがあります。
でもそこは、いつも混雑していて、
1度くらいしか入ったことがありません。
でも、こっちのTULLY’S COFFEEは入りやすそう。
仕事の途中に(仕事場が近いです)便利な場所だし。

休めるところの選択肢が増えて嬉しいです。

「メンドくさい」を言わない運動

推奨しています(?)
日々の中で、「メンドくさい(面倒くさい)」を言わない運動です。
まあ、身の回りの人を巻き込んでるだけで・・・
そして、たいていは無視されますが・・・

私の連れ合いは、なんでもかんでも「メンドくさい」のです。
だから、物をあまり仕舞いません。
「すぐ使うから、片付けるのは面倒だ」なのだそうですが、
日に1度使えば良い方で、何日も触った形跡のないものでも、
そのまま置きっぱなしになります。(すぐ使わないじゃん)
なので、黙って私が片付けてしまいます。

仕事仲間や、いろいろな現場で、
「それって面倒だ」というような言葉を聞くと、
「面倒と思わないでやれば、なんでもない」と提案します。
が、話はたいてい宙を通り抜けてしまいます。

ところで、現代は声を発するのも面倒らしく、
短縮語がますます勢力を広げています。
たとえば、複数の人からO157が検出された例のニュースで、
罹った人が食べたのは同じ製造元のポテトサラダだった(らしい)と、
繰り返し報道されていました。
そんな中、民放のニュース番組に出ていた見出しには
「・・・ポテサラ・・・」と大きく書かれていて、
思わず目が固まってしまった!

ニュース番組のタイトル文字に「ポテサラ」って・・・
「ポテトサラダ」って書いて欲しい!
若者たちが会話の中で「今日のランチのポテサラはさあ~」って言うのとは、
言葉の重さの違う場所なのに。

番組の制作者が面倒だったのか?
それとも、視聴者に受けいれやすい、と思ったのか?
もしそうなら、視聴者は軽く見られているわけです。これは怒るべき。

短縮語は「面倒だから」の最たるものだと思います。
早く結論を言いたいために、分かってもらえる単語はできるだけ短くする。
だけど、それでいいのかな?
「心の丁寧さが欠ける」よね、って思ってしまう。
例えば・・・元の言葉、分かりますか?

・セトリ
・レンチン
・チャリコン
・エイハラ
・クレカ
・ボッチ
・クロゲン
・コスパ
・セカオワ
・トレエン
・カラバリ
・ドイタマ
・ツンデレ
・おたおめ
などなど・・・

短縮語=メンドくさいから
ではないのかもしれないけれど、
ほんのちょっとでも「面倒だから」という気持ちならば、
あなたは、年を取ったとき、誰よりも早く老化します。

身の回りのものを、より面倒にしておくことが、
老化をストップさせることに、必ず役立ちます・・・
って思うのよね。違うかなあ~

「メンドくさい」を言わない運動、がんばりましょう!

パソコン講座

気温は猛暑というほどではないのに、
iPhoneの天気アプリで、
湿度が80%、85%とか90%という数字を見るたびに、
は~っとため息がでてしまう。

身体にまとわりつくベトベトが一日中続き、
もわ~っと、やたら比重の重たさを感じる空気に、
滲んだ汗が少しも蒸発しないで、体内に熱がこもり続ける。

そんな毎日。
早く、カラッとした空気に覆われて欲しい・・・

でも、そこそこに仕事はしています。
今日はセンターでのIT講座。3週連続のWord講座です。
仲間が撮って、Facebookに載せた写真をいただきました。
白いシャツ来てサポートしているのが私です。

スマートフォンやタブレットが主流で、
パソコンをする人は激減していると言われるけれど、
こうして、講座には受講生がやってきます。
今日は91歳という男性も参加していました。
(ずっとパソコンを使っていられるので、しっかりマスターされています)

タブレットなどに流れそうになっていた人たちが、
もしかしたら「やっぱりパソコンだ」と戻ってくる流れもあるのかな?、
ちょっとだけ、思ってしまうこの頃です。

まだ、もう少し携わっていかなくてはいけないかな。

夏休みなのに雨・・・

世の中のお盆休みに合わせて、
私もちょっとお盆休みしています。
夜は当然のように映画鑑賞です。
今夜の映画は「ラストエンペラー」
公開日:1987年 監督:ベルナルド・ベルトルッチ
出演:ジョン・ローン ピーター・オトゥール 坂本龍一

ちょうど30年前の公開。かなり古い映画になりました。
当時から、中国のその時代の歴史については全く興味がなく、
映画を観ようとも思わなかった。
それが、最初のきっかけは浅田次郎「蒼穹の昴」シリーズで、
近代化する前の中国の歴史に触れる機会が増えて、
一度観てみたいと思うようになりました。

特に、浅田次郎の「蒼穹の昴」シリーズ最新刊、
「天使の蒙塵」第1巻、第2巻を(特に第1巻)を読んで、
これは絶対に映画を観ておかなくちゃ、と思ったのです。

ラストエンペラー 愛新覚羅溥儀のものがたり。

愛新覚羅溥儀という名前は、
幼いころに、母の口から時々耳にしていました。
母が溥儀の名前とともに何を言っていたのかは、
まったく記憶にありませんが。
でも、母の口から聞いたということも頷けます。
溥儀は1967年に没しています。
遠い歴史の存在のように思ってしまうけれど、
私の生きてきた時代と重なっていたのですから。

今更ながら、自分が生まれて育った時代というのは、
大きな歴史が動いていた時代そのものだったと、
激動の時代そのものだったと、、思い当たるのでした。

っていう話はともかく、
私はエンターテインメントとして映画を観たし、本を読むので、
このエッセイももちろんエンターテインメント話です(^^ゞ

ディレクターズカット版だったので、
なんと3時間40分!
知らなかったので、のんびり見てたら長すぎる!
やっと終わったときは、かなりヘロヘロになりました。
映画の感想はいろいろな人が書いているので・・・
ただひとついいたいことは、
溥儀をはじめ、みんなしゃべるのは英語!
どんなに話に入りこもうとしても、そこが壁になって・・・
それがとても残念でした。

映画を観るきっかけになった本はこれです。

やはり浅田次郎は面白いです。
(1巻が主に溥儀の話で、
2巻は春雲や文秀が出てきて、涙します)

そして、今読んでいるのはこちら。

「黄砂の籠城」松岡圭祐著

こちらは日清戦争後に北京で起きた義和団事件の話で、
日本人の柴五郎の叡智と勇気でこの窮地を沈めていったストーリー。

なんだか、「日本人とは」とか「日本人なら読むべき」
というような宣伝の仕方をしているようで、
そういうのは好きじゃないから、気に食わないのだけれど、
私は単にエンターテインメントです。
「蒼穹の昴」と共通の時代、綾のように絡まる糸から
ひっぱられて読んでいます。
面白いです。

長くなったけど、雨が降っちゃって、
思うことが叶わなくなってしまったので、
出先に持ち込んだSurfaceを前に、長々とキーを打っていました。
あ~ 夏の日が恋しいなあ~

ご近所情報 焼き肉屋さんが消えて・・・

自宅から駅までの通り道。
道路沿いのビルの1階に飲食店がありました。
最初にそこに出来たお店はラーメン屋さん。
その後、次もラーメン屋さんが続き、
その後、石焼ご飯のお店(美味しかったのに、すぐ消えた)
その後、次々と焼き肉屋さんが何店か入れ替わった。
(そのうちの2店は食べに行ったことがありました)

とにかく、長続きしない場所でした。
数か月で閉店したお店もあったし。

閉店したままの店舗に大がかりな工事が入り、
あれ?今度は飲食店ではないのかな?と、
前を通るたびに横目で見ていたのだけど、
分かりました!

看板の中に書いてありました。
「ちびっこ保育園」

そうだったんだ。今度は保育園になるのね。
小さな保育園。
でも待機児童の解消にはなるのかも?

毎日のように通る道。
小さな変化が常におきて、気が付けば風景がずいぶんと変わりました。

さ! 今夜はAmazonプライムを!
何を観ようかな・・・


見終わりました・・・
今夜は、クリント・イーストウッド監督作品
出演、マット・デイモンなど
「ヒア アフター」

クリント・イーストウッド監督の作品は、
何を見ても、絶対にがっかりしません。
この映画も、派手さはなく静かにストーリーが流れていくけれど、
心に残る作品でした。

あれ? 冒頭の津波のシーンはすごく派手だったっけ。
でも、その津波の映像部分はこの映画の本筋ではないから、
観ているうちに、どこかへ行ってしまった。
それよりも、それぞれの苦悩と、そこからどうやって明日につながっていくのか、
そんなストーリーに導かれて観ていました。(2010年作品)

楽しい会話

「楽しい会話」ってどんな会話なのか、
実は昨日、ふと悟った(大げさだけど)のでした。

というよりも、
いつだったか、インターネット上の誰かの言葉に
「魅力のある会話は、話す(3):聞く(7)の割合から生れる」
というような文章を読んで納得したことがあったけれど、
ほんとうにそうだな~と、
昨夜は仲良しの友人たちと過ごす時間があったので、
その中で思ったことでした。

顧みると、わが夫婦の会話では、
いつも一方的な話が飛んでくるだけで、
会話として成立していないのはこの部分だったと気が付いた。(遅いけど!)
多分、相手の話を聞く気持ちはゼロに近い・・・
私としては話したいことはいっぱいあるのに、いつも飲みこんでしまってる。
耳を傾けてくれることはほとんどない。
なので、楽しくない。

とはいえ、そこが変わる可能性はなさそうです。
諦めるしかないみたい。
楽しい会話は、子供たちが来ているときや、
友人たちと過ごす時間の中で見つけましょう。

人ってほんとうは、「会話のコミュニケーション」がすごく大切なのに・・・ね。

ところで、別の話。
糸井重里さんが「ほぼ日」に書いていました。だいぶ前だけど。

居酒屋さんなどで、若い人たちのグループがすごく賑やかなことについて。
あんなにボリュームが上がるのは、
それぞれが自分の話をして盛り上がって、
相手の話に耳をかたむけていないからだと気が付いた。
自分の話を相手に聞かそうとして、みんながどんどん声が大きくなる。

そんな内容でした。

最近、居酒屋さんやビアホールで、
自分たちの会話が続けられないほど、
ものすごく賑やかなグループに会うことが多くなりました。

糸井さんの言う状況ばかりではなさそうだけど、
でも、たとえ宴席だって「聞く」ということが大切よね。

年を重ねると、誰も、これが難しくなるけれど、
話す前にまず聞こう・・・
楽しい会話をず~っとしていたいものね。

※若い頃、大好きな人の話を、ず~っと聞いているのが好きだった。
あはは、これは別の話(^^ゞ

今日は「山の日」だそうです。いつの間にか出来た祭日。
お盆の休みと重なってどこも渋滞・・・
お天気もいまいちだけれど、楽しんでください。

・・・また長すぎた・・・ 禁を犯してしまった・・・

事務所で

今日は高温注意報だとかで、外の気温は35度超え。
午後にはもっと上がるのかも。
でも、私は今日はずっとエアコンの効いた事務所の中。
事務所当番の一日を過ごします。

おまけに、今日は会議がひとつも入っていない。
どの定例会議も中止になっていて、静かです。
誰もいなくて、ず~っと私ひとりきり。
なんだか、申し訳ないくらいラッキー!

先ほどはいつものようにお弁当を広げ、ゆっくりいただきました。

夏なので(?)野菜をいっぱい食べなくちゃと、
小さなジップロックを追加して、浅漬け野菜や、
昨夜の残りの高野豆腐とモロッコインゲンの煮物も。

午前中はテキストの作成をしていたので、
このあとは、持ち込んだKindleで読書の予定です。

その前に、さきほどメモしたさんぽ道の原稿をアップしておこう。
久しぶりに、ちょっとはなもちならない(?)エッセイかもだけど。


安易だなあ

主役級の人物を記憶喪失にさせたら、
どんな物語でも感動を呼ぶストーリーに作り上げられる。
そこから、いろいろな展開に広げられる。
平坦だったドラマだって一気に面白くさせることができる。

だけど、ごく日常の中で、身近な人が記憶喪失になったっていう話、
聞いたことがあるだろうか?

癌だとか白血病だとか、またはその他の難病ならば、
身近ではなくても見知った、聞き知った人が罹って戦う姿を目にすることがある。
でも、記憶喪失になった人の話を現実には聞いたことがない。

ドラマではほんとうに安易に、この記憶喪失に罹る。
今も昔も、よくある展開。

だから、そこから生まれていくストーリーに、
私はどうしても素直に感動できないのです。
相当、へそ曲がりなのかな?
だって、どうしても、
「ずるいなあ~ 手抜きだなあ~」って思ってしまうのです。

朝の連続ドラマの展開を横目で見ていての感想です。
いつも、洗濯や掃除などの合間に、
夫の見ているテレビ画面から流れてくる音声を耳にし、
おおよその話の流れをつかんでいるので・・・
ドラマのファンの方には不快な話をしたかもだけど。